昨年の秋から約1年、毎月100km程度走っている。
暑くなってきたので、大部分のランを心拍数を低い範囲に保つZ2ジョグのペースを落としている。
これまではキロ5〜6分で走ることが多かった。 それより明らかに遅い数字がスマートウォッチに表示されると、意図的に落としていると分かっていても、少し不安になる。
こんなに遅く走って、本当に速くなるのだろうか。
速く走る練習なら、全身の疲労とともに「トレーニングしている感」が味わえる。 一方、ゆっくり走ったあとに確認できるのは、単にゆっくり走ったという事実だけだ。
見えやすい数字と見えにくい変化
以前、「ランラジ」というポッドキャストで、成長は薄い紙を一枚ずつ重ねるようなものだという話を聞いた。
陸上競技部、藤田監督のね ちょっとショート動画があるんで、インスタグラムぜひボディメンテ見てほしいんですけど、こんな言葉を言ってたんですよ。長距離競技では強度の差はあれど、似た練習を毎日繰り返していきます。薄い紙を1枚1枚 重ねていくような作業になるので、根気もいりますし、何より重ね続ける状態を作ることが大事。
紙を一枚置いても、ほとんど高さは変わらない。 何枚か重ねても、積み上がった実感はない。 それでも長く重ねていけば、いつか目に見える厚みになる。
今の私にとって、毎回のZ2ジョグはこの薄い紙だ。
一度走っただけでは速くならない。 数週間続けても、変化を感じられるとは限らない。
その日のペースや距離はすぐ数字になるが、その練習によって身体がどう変わったかは、その場では確認できない。 見えやすい数字と育てたい能力は、同じ速さでは変化しない。
夏は、このずれをさらに大きくする。 気温と湿度が上がってから、同じペースでも心拍数が高くなる日が増えた。 時計に表示されたペースだけを比べると遅くなったように見えても、身体が受けている負荷が小さくなったわけではない。
外側から見える速さではなく、体の内側の負荷に合わせて走る。 Z2ジョグでは、その認識の切り替えが必要になる。
厚い紙を置きたくなる
積み上がっている実感がないと、焦って厚い紙を置きたくなる。
少しペースを上げる。 距離を伸ばす。 予定になかった強い練習を加える。
そのほうが、今日は頑張ったと思いやすい。
負荷は、置いた分だけそのまま厚みになるわけではない。 強すぎる負荷で怪我をすれば、積み重ねそのものが止まる。
練習は、走っている時間だけでは完結しない。 その負荷から回復し、次の練習を受け入れられるところまでを含んでいる。
一回の練習を厚くすることより、次の一枚を置ける状態を残す。 遅く走るのは、頑張らないためではなく、積み重ねを途中で切らないための戦略なのだ。
評価する時間軸
とはいえ、「信じて続ければよい」で終えるのも違うと思う。
方法が合っていない可能性はある。 しばらく続けても変化がなければ、練習の内容を見直す必要がある。
ただ、一回ごとのペースを見て、数か月かけて起きる変化を判断するのも無理がある。 成果が現れるまでに時間がかかるなら、評価の時間軸を合わせなければならない。
今日の数字だけで結論を出さない。 一定の期間を置いて、同じくらいの心拍数でどの程度走れるようになったか、疲労がどう残るかを振り返る。
信じるというより、すぐには答えの出ない仮説を、検証できる時まで持ち続ける。
今の私がすべきことは、今日速く走れると証明することではない。 この夏は、時計に表示される遅い数字を見ながら、薄い紙を一枚ずつ置いていく。 厚みを確かめるのは、秋がきてからでよい。